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「好きだから、キラの事」
「……」
真面目なのか、不真面目なのか解らない瓢瓢とした態度でシンは僕を見て笑った。
「会って、二日だよ……?」
「アカデミーに入学してから、ずっと見てた。会って話して、もっと好きになった。きっとこれからももっと好きになる」
余りにも追い込まれていく距離が怖くて、胸の辺りに手をついて突っぱねようとした。
だけど、そんな抵抗ないものだと言わんばかりに手首を握られ、逆に距離が詰ってしまう。
「純粋で綺麗だから、かな。……こんなに綺麗な奴と会ったことない」
「……っや!」
唇が、触れると思った。
流されて、このままキスされるんだなんて、傍観さえしていた。
受け入れようとすらしてしまっていた。
けど。
「キラ……」
綺麗だから。
その言葉を聞いて、信じられないほどの嫌悪感が込み上げてきた。
気付けば震えが止まらない手の平でシンの頬を打ち、拒んでいた。
「そんな、言葉――――」
信じられない。
そう言い残して、咄嗟にベッドを降り、医務室を逃げ出してしまっていた。
「キラ…!キラ」
シンの声が追いかけてくるけど、今は何も聞きたくない。
とても笑って許せる心境でもなかった。
走って走って、屋上へ向かう階段を駆け上がった。
ただの寝不足だったものが全力で走ったことで気分が悪くなり、本当に病気だったような気さえしてきた。
――――後で教室へ戻ったら、なんでもない顔をして冗談にしなくては。
そう思ったら、また苦い思いが込み上げてくる。
アイドル扱いしてくるクラスメイト。そんな僕が好きだと言った、綺麗だと言ったシン。
本当は彼らは誰も悪くない。シンだって、少しも。
こんな作り上げて媚びる自分が、一番悪い。自分でも一番嫌いなのに。
せっかく踏み込んできてくれたシンにも、作り物の「綺麗」な自分しか見てもらえていないという事実に、改めてへこんだ。
当たり前で、それが当然で。あんなに優しかったアスランにだって見捨てられた本当の自分が、好きになってもらえるはずないのに――――やっぱり凄く悲しかった。
酷い八つ当たりだと解っているけれど……相手がシンだと思うと、余計に。
惹かれていたのだ。
僕も、シン・アスカに。
シンが僕を好きだという軽さではなく、とても真剣に、強烈に。
だから、悔しかった。
シンが本気じゃない事が、こんなにも悲しかった。
ポロ、と涙が頬を滑っていくのを感じ、泣いている自分を自覚するとまた泣けてくる。
本当に、自分が馬鹿だと思った。
「――――キラ…?」
「……アス、ラン…?」
キィ、と重たいドアが軋むのが聞こえ、一人きりだった屋上に来訪者が現れた。
それも、ずっと声を聞くことの無かった、その声を聞き、それがアスランである事を知る。
「何を泣いている」
「泣いて、なんて…」
「…今朝は随分騒いでいたようだが。あの、シンとかいう奴の事か?」
「何で…」
「何で知ってるのかなんて聞かないよな。アカデミー中その話題で持ちきりだぞ。みっともない」
「アスラン……」
「具合が悪いなら無理をするな。管理が足りないんじゃないのか。それだから付け込まれるんだ」
冷たい口調でぐいぐいと袖口を押し付けられ、頬を擦られる。
涙を拭われているのだと気付き、僕は慌てて身体を離そうとする。
「アスランの袖…汚れるから、そんな事しなくていいよ」
「…俺が嫌なんだ」
「でも……」
「お前は黙っていろ」
気まずい沈黙が続く。
あんなに優しかったアスランを変えたのは、僕。
苛立たせているのは僕自身。
「…っ」
そう思ったらいたたまれなくて、本当に、消えてしまいたくなって。
久しぶりにアスランに会って、声が聞けて、だけど、やっぱり自分は彼に嫌悪させる存在でしかない事を再認識してしまった。
さっと身を引いて、立ち去ろうと一歩を駆け出す。駆け出したと思った。
「何処に行く気だ」
「ぁ……っ」
「奴の所か?そんなに好きなんだ?」
力を入れて踏み出したところを、思い切り腕を引かれて、倒れこむ形でアスランの胸にぶつかってしまう。そしてそのままきつく抱きしめられた。
何が起きているのか。
「――――キラは、本当に俺を苛立たせるのが上手いよ。これじゃあ何の為に離してやったのか分からない」
「アスラン…?なに…」
動きが阻まれるところまで、後ずさる。
腕から抜け出したくて身じろぐけど、やがて背に手すりが当り、限界を知る。
風がびゅうと身を揺らした。
恐る恐るアスランを見上げると、至近距離で見せつけるように微笑まれる。
――ぞっとした。
そんな顔をするアスランを見た事がない。
そんなに彼を怒らせているのだろうか。
一体何が気に食わないのだろう。
「アスラ、ンっ…」
「黙れ」
それは、もうこれ以上お前の声は聞きたくない、そう言わんとする口づけだった。
唇がぶつけられ、噛み付かれる。血が滲むほど強く、残忍な仕草で。
殆ど暴力に近いキス。
「ん…っん、や…やだ!」
滲んだ血を啜られ、悲鳴に近い声を塞ぎ、割り込んでくる舌先。恐怖が募り、何もかもが真っ白になる。
僕に触れる空気でさえ痛みに感じられ、呼吸が出来なくなる。
「……!」
唐突にドンと突き放され、手すりに背がぶつかる痛みに僕は思わず蹲る。
「本当のお前を解ってやれるのは、俺だけだよ」