俺は死んでいると親から言われた。
成程そうかもしれない。当時はショックが強すぎて、そんな風に考えられるようになったのは極最近なのだけれど。
シュール・リアリズム
萩原瑛 兎
「ルルーシュ、もう少し右足を傾けて。…そう、いい子だ。綺麗だよ」
「……」
言われたとおりに身体を動かしたら、身を預けていた豪奢なソファがそっと音を立てた。
まるで存在を押し殺してるみたいに。
重荷を耐え忍んでいるみたいに。
俺も一緒だ。
生きていないモノ、
ただ着せられた服を着て、
言われたとおりの場所で呼吸をする。
まるでそう、人形のように。
射るような視線に、痛みを感じる。
その執拗な視線は、俺をスケッチするクロヴィスのものだ。
裸にされて、豪奢なソファに横たえられて、紙に映しとられる自分。
描かれる度に削り取られて、どんどん薄っぺらくなっていく気がする。
元から何もないに等しいのかもしれないが。
クロヴィスの道楽に、モノ同然に俺を貸し出した父。
この姿を見ても、きっとどうとも思わないだろう。
ふ、と窓辺の辺りのカーテンの重厚そうなドレープを何気なく見つめた。
懸命に繊細な手つきでキャンバスに没頭するクロヴィスに飽いたからだった。
すると、シャシャ・・・と忙しなく響いていた木炭の擦れる音が次第に消えていく。
この瞬間がとても嫌いだ。
「…」
立ち上がり、人の体温が近づく気配。
只っ広く豪奢で、まるで人形遊びの城のごとく緻密に細工された室内に、秘め事の空気が忍び寄る。
締め切られたベルベットのカーテンの、わずかに覗いた隙間には、燃え盛るようなオレンジの空が見えた。
嵐の前触れのように。
「ルルーシュ…」
「……」
やがて触れてきた指先。
窓辺の宝石箱のようなソファで横たわる自分は彼の眼にどのように映っているだろう。
「この肌…この腕…この足…この腰の細さ…何という姿をしてるんだ…ルルーシュ――――私のミューズ」
恍惚とした表情で、俺の肩や、鎖骨の窪みを辿っていくクロヴィス。
その眼には虹彩の深くに欲情が滲みきっていて、いやに熱いその視線から逃れたくて堪らなくなる。
「顔をよく見せなさい―――――」
カーテンのドレープの数を数え、心を何処かに追いやろうとしていた俺に、クロヴィスは顎を上向かせてくる。
「兄、様……」
「その瞳が…私を捉えて離さない」
「……っお戯れを……」
唇を寄せてくるクロヴィスを拒んで胸に手をつくと、顎にかけられた指に力が込められる。
避け切れなかった拍子に、唇は唇の際に触れた。
ち…っと吸われる音が響く
「や……っ……」
それを皮切りに、何度も何度も落される口付け。
濡れた感触が唇を舐めるのが気持ち悪くて、心がどんどん虚ろになる。
――――――俺は何。
死んでいると言われた。
生まれたときから、俺は死んでいるのだと。
それでは、ここに居る俺は何。
どうして存在している―――――。
「ルルーシュ…ルルーシュ……」
「…っんん、…ふ……」
首筋に、クロヴィスの柔らかい金髪が触れる。
そのまま顔を埋められて、肌を吸われ、舐められる。
ぬるりと滑る舌先…俺を喰らっていくのだ。
ゆっくりと、バターを溶かすように。
コレは罰?
これは……
これが母の悲鳴なのか。
これがナナリーの痛みなのか。
自分はどうして生まれてきたのか。
父に死を宣告され、知らない国に捨てられ、実の兄に犯され……。
これから先は、何があるのか。
これが人形の役目なのか。
「あっ……」
長い指先に、寒さで尖った乳首を挟まれて、腰がビクンと跳ね上がる。
片方を指で、片方を舌先でいたぶられて、どうしようもない感覚が込み上げてくる度、俺は絶えたくなる。
母上――――母上!
もう、何度も覚えさせられたその感覚が、俺を蝕み始める。
俺が人形なら、生きていないなら、どうしてここに心が宿った。
どうして――――この愚かしい衝動を感じなければならない。
クロヴィスは、執りつかれた様に俺の胸を弄り続けていた。
「…っは…………ぁ……」
ソファに沈まされるように、押さえつけられて、ちゅくちゅくと乳首を吸われる。
時折耐え切れなくなったように牙を立てられるのが堪らなくて、俺は何度も身を捩った。
堕落していく――――きっとこの闇に、終わりなどない。
不意に、一人の存在が胸を掠めた。
「…っや………ぁ……」
その浮かんだ笑顔の余りの恋しさに動揺して、涙が浮かんでくる。
――――やめろ…っこんな時に出てくるな!
今の俺を見るな……
お願いだから。
これ以上俺を惨めにしないで…
――――――スザク……!
瞼を固く瞑る。
俺を弄る指は、勿論気付きもしない。
俺の意思など関係ないのだ。
「……っ……ぅ」
とっくに涸れきっていたと思っていた涙が、心を痛くする。
――――こんな感情、いらないのに…
それは、その存在は、今の俺にはただ辛いばかりで、余りにも独りよがりで。
でも、もう駄目だった。
一度心で呼んでしまった名前は、その存在は、どんどん俺の心を追い込み、逃げ場を求めるようにそればかりを思ってしまう。
スザク…スザク…
「ルルーシュ…何て表情だ」
「…っ」
俺の啜り泣きに気付いたクロヴィスが、驚いた顔をして顔を覗き込んでくる。
知っている、けれども逃がす気などないのだ。
「けれど、お前は涙も美しい…気に入っている」
そんな戯けたことを言って、目の前の支配者は俺の溢れた涙を唇で吸った。
叶わないものは望まないと決めたつもりだった。
けれどだからこそ惹かれた――――彼に。
自分には与えられる事のなかった、陽だまりに生きる人。
スザク
俺は、脳裏に鮮やかに甦ったお前の笑顔を見て、思った。
何に代えても、手の中に在るものを守りたいと。
自分が誰に傷つけられて
呪われて
虐げられて
弄ばれても
誰が傷ついて
呪われて
死んでいったとしても、
俺が守る。
必ず―――――だから。
同じ血を持った兄の肩越しに、絨毯に放り出されたキャンパスが広がっている。
其処には恍惚とした表情で、紅い血のようなソファに飲み込まれていくエロティックな自分の姿が写し取られていた。
日の下は望まない。成すべきことを、俺は見つけたから――――――。
End.