霞み行く空、光り射すけれどU...
僕は、それをよく知っていた。
その声の意味する先は、彼以外の何者でもない、ギルバートの渇望する彼一人の欲望を満たす行為の始まり。
霞み行く空、光り射すけれど U
萩原瑛兎
「キラ…キラ…悪い子だ。そんな眼をして――――」
ギルバートの手が、破れかけた白いシャツにかけられる。
その白には、僕の紅い血が滲んでいた。
彼の言う、悪魔でも血は紅いのか、とぼんやり思う。
「償いの時間だ……罪は、罰せられなければならないのだから」
うっとりとそう呟くと、ギルバートは先ほどは強く爪を立てた胸の尖りに手の平を当てると、丹念に其処を撫で回した。
「……っ」
それだけでは足りなくなったのか、僕にゆっくりと見せ付けるようにギルバートは熱を帯びた其処に舌を這わせる。
「声を出しなさい」
噛み締めたそれを責める様に、ギルバートは執拗に尖りを嘗め回してくる。
ぬめる感触が、幾度も響き渡り、僕は嗚咽めいた声を漏らし始めてしまう。
其処にある、甘い響きを聞くと、ギルバートは…皆が、瞳の熱を上げるのだ。
僕は、その瞬間がいつも怖くて怖くて仕方が無くて。
涙を耐えるように、必死で声を噛み締めるのだ。
それでも、執拗に神経の在り処を辿られれば、忌々しい音色は零れるように唇を割る。
「あ……ぃ、や……っあ…ッ」
感じたくなんて、ないのに。
どうしてこの身体は……僕を裏切るのだろう。
「キラ……私の可愛いキラ。もっと啼きなさい…そのいやらしい声で、いつものように」
「あぁ……っや……!」
ぬめる舌先が滑るように、そして味わう淫猥さで徐々に下へと降りてくる。
神経の集中している箇所を探られる度に肌が震えて、感じたくないのに甘やかな熱が蓄積していく。
僕の意思を無視して、燈るその罪の灯火。
ギルバートのその巧みな舌と指先は高まってじんわりと熱を帯びるキラの肌とは裏腹に嫌になるほどの冷たさで。
その体温さえ刺激になって、時折悲鳴めいた喘ぎを漏らす僕を、嘲笑うように見下ろしていた。
「ヤ……ッん……っく!」
そして、とうとうその拷問めいた愛撫の手は熱の核心に触れて、唐突に走る強すぎる感触にびくびくと肌が震えた。
「ふっ…ぅ……んっあ……ンっい、やぁ…!」
か細く上擦った意味を成さないような拒絶の声。
「嫌じゃなくて、イイ、の間違いだろう……?こんなにして」
それをさも楽しそうに笑みを刷いて聞いたギルバートは、熱を煽るように殊更にゆっくりと其処を口に含んでいった。
「…っあ!…あぁ……っん!」
クチュリと淫猥な音色が下肢で響き渡る。
舌のざらりとした感触と、ゆっくりと口腔で締め付けられるその神経を擦られる恐怖と快楽。
気が、狂ってしまいそうだった。
「キラ……もっと気持ちよくなりたいんだろう…?欲深い子だ」
達する寸前で開放し、陶酔しきった表情で自分の腰を宛がってくるギルバートのその瞳は、何よりも深く、精神から僕を犯していく。
「ほら……!」
「ひ…ッあぁ―――ッ!」
指一つ触れずにいたその腰の奥に、深く欲望を突き立てられて、悲鳴が咽を焼いた。
痛みが、鮮やかに僕の熱を浚ってくれた。
屈辱的な快感を齎されて乱されているより、それは僕をよっぽど救ってくれる。
辛辣な、忘却を誘うその一瞬。
目尻に溜まっていた涙がぽろりと頬を滑っていった。
ぎしぎしと音を立てそうなほど急な挿入だったそれは、唐突に円滑になる。
それは、無理やり割り開いた柔らかな肌から鮮血が流れ出したからだろう。
「……っく…あ……っん…っ――!」
鮮烈な痛みに、一瞬救われて、その衝撃とは裏腹に、キラの表情は和らいだように見えた。
熱いまぶたをぎゅっと閉じれば、何もかもが空虚になる。
痛み以外、何も感じずに済む……。
しかし、いつものようにきっと……揺さぶられるうちに、痛みとは違う熱が僕を苦しめるのだろう。
それが、ギルバートの言う、罪の証なのだから……
一瞬浮かんだ絶望に死の甘やかな香りを感じて…僕は必死でその思いを打ち消した。
会ってはいけないその人……アスランに…早く会いたかった。
彼を想う事が、僕の最後の砦だった。
それは夕暮れ時だった。
睨み付けるかのような真っ赤な太陽が、沈むまいと、辺りを照らし続けていた。
けれど、結局は堕ちるのだ。僕も、太陽も、その仄暗い残酷な闇に。
「そんなに辛いなら、自分で断ち切ってしまえばいい。簡単だ。その窓から飛び降りればいい」
夕焼けと同じ色の瞳を持った、漆黒の髪の少年は、気まぐれに出向いた格子越しに。
ただそう呟いて、こちらを見つめてきた。
その視線は、ただ純粋な感想だったのだろう。彼は、他意を感じさせない眼差しで、まっすぐに僕を見た。
燃える、燃える、ルビーの血色。
キラには初めて会ったその少年。
けれどキラの幽閉へのいきさつを知らぬものはもうこの時代にはいないのだろう。
キラを知らない者はいないからだ。
まるで御伽噺のような、一人の少年の悲しいお話を。
「でも、それじゃアスランに会えなくなってしまうね」
ぽつりと一言、僕がそう言うと、彼の燃えるような瞳は大きく見開かれた。
まるで人形のような存在の僕が、意思など持っていては可笑しいのだろうか。
彼は何も言わずにその場から離れていったが、彼の見せたその驚愕の表情は、心に焼きだされたように、いつまでも脳裏から離れていかなかった。
確かに自分でこの命を断ち切れば、辛いことも苦しいことももうない。
でも、もうあの愛しい人には二度と会えない。
会えば罪を感じながらも、会えない事は死ぬより辛い。
全ての人から苛まれ、憎しみという鋭利な刃が自分を傷つけようとも、アスランを一目でも見れれば、耐えることが出来た。
そして、この身を滅ぼす時、それはアスランの身を守りきる事が出来るときと、固く心に誓っていた。
こんなにも憎しみに塗れた醜い世界に、今彼を一人遺して逝くことは出来なかったから。